日本における世界自然遺産の登録の歴史をざっと書くと以下のとおりである。
平成5年12月に「白神山地」と「屋久島」,平成17年7月に「知床」,平成23年6月に「小笠原諸島」,令和3年7月に「奄美大島・徳之島・沖縄島北部及び西表島」がそれぞれ世界自然遺産として登録された。僕が徳之島に縁あったのは,今から約10年前の2012年辺りの話しであるが,その当時の雰囲気としては,知床や小笠原諸島に,徳之島が何のひけをとることがあるのだろう?いや,なぜ世界遺産に承認されないのだろう?という疑問の声が地元ではやんやん聞かれていた。そのくらい,地元の人たちは,徳之島の特に自然の豊かさについては誇りをもっているのである。
そんな,すばらしく自然に恵まれた場所にいながら,そこに触れ合う機会を積極的に持てなかったのは,自分の不徳の致すところ,まさに後悔先に立たず,僕自身のだめさを反省するだけである。しかしながら,そんなダメな僕でもアマミノクロウサギくらいは見てみたいと思い立った時期もあった。
地元の方に聴き取って向かった林道は,地元の人に言わせれば,「夜10時以降なら,ちょくちょく出くわすよ。」とのこと。僕は眠たがる我が子を連れて,その夜の林道を車で徘徊した。まぁ,少しはアマミノクロウサギのことも事前学習し,その付焼き刃的なトークを子どもたちにぶつけながらの夜間ドライブであった。トークポイントは以下のとおりである。
①アマミノクロウサギは奄美の黒兎ではない。どこで区切るかというと,アマミとノクロウサギの間で意味的に区切るのが正しい。(最近残念なことに,この論旨の記載が減った気がする・・・・・正確な情報を流したいね)
②奄美大島とここ徳之島にしかいない,色々な意味で貴重な種類のウサギであり,その生存状況がヤバい状態にある。(保護観察小屋にも行って,絶滅危惧種であることも強調した)
③②に関連して,アマミノクロウサギの生存を脅かすものとして,生存地域の林の減少やマングースやノネコやハブといった敵にやられることに加え,最近では交通事故も増えてきていること。(だから,自分達もこうして夜間に車で探しに行くんだから,特別に安全徐行運転しないといけないんだと付加した)
夜の林道徘徊ドライブ3日目において,予想外・想定外のことが発生し,この生物多様性を代表するスターとも評される貴重なアマミノクロウサギとの出会いを断念することになった。地元の人にとっては想定内のことかもしれないのだが・・・。アマミノクロウサギの生存地域に入るということは,その敵の行動範囲にも入っているということだ。その3日目,ハンドルを握り,ちょっと眠気を感じているのを自覚しつつ,くねくねとした狭い林道に目を凝らしながらの運転に疲れを覚え始めた頃,でっかいそいつは突如,僕らの視界に現れた。
そう,こんなデカいのがいるんだと,まずは驚かされた,行く手を阻んでいたのはハブである。徳之島町内の土産品店前に見せ物として飼われていた?囲われていた?ハブを見たことがあったが,ここまで大きいのが,存在するとは!昔の地元の新聞記事にハブ取り名人が捕まえたと,その人とその横に上から吊したデッカいハブが載っているのをみたが,実際に目の当たりにすると,まずは,怖いという言葉も出ずに,身震いした。
大ハブまでの距離約5m。そいつは林道のど真ん中に悠々と堂々と居やがった。体長は身をくねらせていたので,それをのばせば,3m越えは確実だろう。胴体は大人の男の腕2本くらいの太さで,一部は大人男性の太股くらいに膨らんでいた。何かを捕食し,間もない感じだ。一瞬,どうすべきかとの策の選択肢として,このままクルマごとハブの上に乗り上げて向こう側に逃げるべきか?とも頭をよぎったが,いや向こう様がこちらに攻撃してこないのなら,待て・待て・待つべきだとすぐに考えを改めた。
大ハブの頭部は三角に出っ張っていて(猛毒を持つ蛇に共通した特徴である),道路の左側にあって,左側を見ている感じだった。そう,こちらの様子をうかがうような動作は全くなかったが,僕はその雄大な姿と悠々自適な雰囲気に対して口,あごが震えはじめていた,スマホを取りだし撮影しようという勇気は出ないくらい,そいつの存在感に圧倒され,しかも圧倒されての震えを子どもたちに見られないように冷静になることを優先せざるを得なかった。
対峙時間は1分はなかったと思う。大ハブはゆっくりと斜め左前に動き出し,闇の林に消えていった。姿が見えなくなったのを確認すると,僕は先程までの徐行ではなくスピードを上げて,しかも大ハブの行った方向を見ずにその場をサッと通り過ぎた。ハブが神の使いであるとか恐ろしい存在でありながらも,崇められた部分もある理由が,実物と遭遇することでわかったような気がした。
そうだった,今,昔を振り返って書いていて思い出した。ハブがいる可能性があるから,ちょっとしたヤブとか畑近くとか,特に人の活動がさかんな街中以外の地域はなるべく近寄らないで過ごそうと,要注意の行動規制をかけていたんだった。自分にも,家族にもそのように,言い続けたものだった。それくらい,ハブ毒の恐ろしさは知っていたし,地元民からも聞いていたし,ハブの出没情報はすぐに人の噂として回ってくるそんな状況だった。徳之島の自然の凄さを認め,それにどっぷり浸るには,やはり覚悟を決めた上で,地元のガイドさんと仲良くなるべきだったんだと思う。