ハッチsunのブログ

Big smile please!

TVドラマ『サイレント』を批判したーい! 

手話をやってみたい人が増えたかな?

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 視聴率的にもよかったし、見逃し配信サイトには記録的な評判の良さだったらしい、このドラマ『サイレント』、最終回放送後も、SNSや人の噂間において絶賛の声が続いているらしい。が、あえて、そんな感動の余韻に浸っている人たちの反感を買うかもしれないことをやってみようという勇気?ある僕である。果たして、タイトル通りに批判しきれるか、ちょっと自信ないのだが・・・・・・。

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  まずは、ドラマ好きの僕が途中で見るのを止めてしまったタイミングと理由から説いていきたい。僕は第7話までみて、その後をみるのを止めた。やめた理由は、このサイレントに限らず、正直、ドラマにリアリティがなさすぎるように感じると、やめてしまっている。リアリティのなさは、7話までにけっこう感じられた。

 

 ①そもそも、このドラマ、手話のわかる、できる人しか、わからないはず。手話のわからない僕みたいな人間には、字幕必須・字幕ありきのドラマとなってしまう。静かな中にそこにリアリティーが薄れてしまう所が大きい。逆に多くの人が、まさに手話のやりとりだけ(もちろん表情は豊かであるが・・・)で、声のないサイレントな中の役者の演技力に魅せられたのもわからないでもないが、僕的にはどうしても字幕を追ってしまう。フツーのやり方でない所に新鮮味はあったが、役者のやりとりの詳細を理解しようとすればするほど、字幕を追わざるを得ない・・・僕的にはリアリティが減ってしまう。なぜなら、もし、言葉を発せずに手話でやりとりしている喫茶店内の二人を同じ場所にいて見ていたとしたら、そこには画面がなく、字幕が見えないからだ。

 

 ②そして、7話まで進んできたにもかかわらず、主人公の目黒蓮が演じる想(以下:蓮想)の置かれた辛い運命がぼやっとしか伝わらない。そんなぼやっとした状況しか伝わっていないのに、親友とはいえ、鈴鹿央士の湊斗(以下:央士湊斗)は特に優しすぎる振る舞いをする。高校時代に付き合ったとはいえ、川口春奈の紬(以下:春奈紬)も根気強く寄り添おうとしすぎる世の中、こんな、いい人ばかりではないし、どんな理由があっても、蓮想のような関わりしかしなくなった、いやできなくなった人間に、ここまで思いやりを持って接する友人はなかなかいないだろう。しかも、二人も。状況的にあり得なすぎる~っと感じてリアリティが落ちてしまう。「すぎる」がこうも重なると僕にはウソっぽく見えてしまったのだ。

 

 ③央士湊斗のキャラ、改めて振り返ると、優しすぎるを通り越して、かなり変である。奇妙なほどの遠慮と気遣いがあって、自己肯定感低過ぎの変なキャラ、色々過去にいきさつがあっても、春奈紬と付き合ったんだから、その経験の中で自己肯定感は上昇するはず。ジェンダーフリー論者から非難されそうだが、一度、春奈紬みたいな綺麗な子と付き合った男なら、自ら撤退するような別れ方はしない。まずは、ここがおかしい。

 

 次には、付き合い方がよくわからない。チューなしの男女関係、ありえない!あるはずない!キスシーンなしで恋愛物語を綴り、表現し、新しい境地を開いたと逆に絶賛ポイントとマズゴミはしているようだが、深い身体の関係がからんでの男女間でうまくいったり、うまくいかなかったりがあるはずなのに、そこを描く意志もなく、精神的な所に特化しすぎている所に、僕は全くリアリティを感じない。高校生、いやチュウ学生、いやショー学生でもチューするのに、演出?脚本?プロデューサー?の意志でねらって引き算してたとしても、このドラマの出演者たちの言う「付き合う」関係に全く恋愛の情熱的部分の熱を感じないそれは僕の経験してきた「付き合う」関係ではない。なので現実味がないのであった。

 

 ④極めつけは、ろう者として登場する夏帆演じる奈々(以下:夏帆奈々)。彼女もまた、央士湊斗、春奈紬に続いて「いい人」、そして、物分かりが良すぎるのである。これ以前に、蓮想を好きな気持ちバレバレな感じ、そんな可愛さを自然に出せる、かわいさ溢れる夏帆菜々に男だったら絶対に惚れる。しかも状況的に、蓮想にとっては聴力失う怖さの中から救い出してくれた希望の光のような存在が彼女だけだった状況を考えれば、なおさら、「惚れてまうやろー」と叫びたくなるくらい自明な惚れて惚れ返す関係に発展するはずな・の・だ・が、、、、。蓮想になぜか執着する春奈紬が、夏帆奈々に伝えた、蓮想の言葉はひどすぎる。自分がどうしようもない時に、自分に向き合って聴いてくれて助けられた、ありがたい存在?という位置付けのみ?残酷すぎる宣告。ドラマとはいえ、耐えられず、僕は次回を見る気を失ってしまったよ。だって、夏帆奈々は、蓮想を好きなのに、蓮想と友でいい、しかも振って悪者にならなくてもいいっていう、めっちゃ「いい人」になってしまう。こんな純粋で無垢で優しい子が何で傷つけられないといけないのかと見てられなくなったのが本音である。

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 うだうだと語りすぎた。はっきり言おう!サイレント、silent、このドラマはズルい!僕に見たい気を失わせるような現実味のないストーリー展開をしておいて、第8話急にめちゃくちゃリアルな、本物の話を持ってくるとか、ズルい!それは、先ほどの純無垢優の夏帆奈々と、風間俊介演じる春尾正輝(以下:俊介正樹)のラブストーリーである。なんで、これが8話で出てくるのか、こっちがメインじゃん!ろう者と聴者の交流、自然なきっかけから、互いに盛り上がってうまくいくかと思いきや、ちょっとした行き違いで、、、、、おりあえなかったのかねーって、正直思った。夏帆奈々と俊介正輝、こっちの二人がサイレントの主役でしょう!間違いなく。いい距離感の遊びから始まりそうになった恋が、んー、分かり合っていくことの難しさを感じただけでなく、まさにホンネトークを感情のままにぶつけ合ってしまう二人。「押し付けた善意は偽善」とか「良い人って思われたいだけ!」とか「どう受け取るかは、こっち(ろう者)が決めることだから」とか・・・・観てる視聴者が「もういいよ、その辺でとまろうよ」って言いたくなるくらいのぶつかり合い、心が痛んだよ。

 

 そのぶつかり合いから8年経過して再会。再会のきっかけは、確かに春奈紬と蓮想のことがあったからだけど。8年のブランクではなく、互いに色々と経験を積んだのが、自然に伝わる。だから「夢叶えたんだね」「手話を仕事にしたんだ」と語り合える夏帆奈々と春尾正輝、この二人を最後までしっかりとハッピーエンドで綴ってほしかったよ~。

 

 さらにズルいのは、9話でやっと、主人公の蓮想の中途失聴の具体が描かれる。そこに関わる母・姉・妹・父、それぞれの葛藤が描かれ、急にリアリティが増すのである。おいおーい、ズルい、ズルい、描き方を急変させるとは。急に画家がタッチをより鮮明するという画風変えをしたり、急に作家が何の脈絡もなく筆圧を強めに、しかも描写を丁寧に変えるようなものだ。

 

 とはいえというか、かなり批判ばかりして、バッシングされそうで怖いが、本ドラマで作者が言いたいと思う事の中には賛同したいものもあーる。

聞こえる、聞こえない、関係ないから大事なことは、伝えようとする気持ち、これが強ければ、手話も発する言葉もいらない

と、詰まる所、言いたいのではなかろうか?

そして、ろう者、聴者、中途失聴者関係なく、夏帆菜々の明るい性格で、純粋に感じたことをなるべく素直に出そうとするキャラクターが本当に魅力的である。「ありがとうって、使い回していいの?」うじうじと、暗く、内側に抑え込み、自分の現状や周囲からのサポート状況の変化に対応しきれてない蓮想とは真逆に感じる。最後は高校時代に互いにビビビと来たこと、作文弁論時のこと等が蓮想と春奈紬の2人を結びつけたというのか?何だか赤い糸伝説とあまり変わらない、陳腐さだ。

 

 蓮想と対照的に、夏帆奈々はすごい。花屋の店員の言「お花は音がなくて、言葉があって、気持ちが乗せられるんだよ」を引用したり、感動しやすい豊かな感受性と、その伝達力の凄さが、彼女の笑顔と相まって魅力を倍増させているじゃないか。簡潔に言うと、爽やかで感動的、こっちが主役。こうゆう見方をすると、先ほどの太字下線部は、手話の上達過程の春奈紬のことを言っているのではなくて、色んな伝え方をいつの間にかやっている夏帆奈々のことを指しているとも言える。

 

 夏帆奈々が俊介正樹に渡した花束、かすみ草を含む色々な花、これが彼女の持つ表現力のバリエーションの豊かさを示していると考える。そして、真ん中の花は薄いピンクのダリアに違いない。白ダリア(豊かな愛情)と赤ダリア(就職祝い)の両方の花言葉を捧げたかったのだ。なんと豊かで奥深いことだ。 

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